コラム
【フロントラインレポート】社内GPT「トラポケ」で、顧客体験マーケティングの拡張を目指す!
2023.10.03
自然言語処理と人工知能の分野で注目されているChatGPTは、広告/マーケティング業界でもマス・デジタルのプランニングやクリエイティブ開発、バックオフィス業務の効率化といった幅広い領域での活用に期待が寄せられています。
そうした中、ADKグループは今年6月、Azure OpenAIを活用したMicrosoft Teams環境で利用できるGPTチャットボット「トラポケ」の全社員への提供を開始しました。
今回は、ADKが注力する【顧客データ&インサイト】【顧客接点マネジメント】【顧客体験デザイン】においてAI活用を推進するマーケティングインテリジェンスセンターの正木洋介と鬼丸翔平に、社内GPT「トラポケ」の開発と導入に見る顧客体験マーケティングについて話を聞きました。
―はじめに、社内GPT環境構築の背景についてお聞かせください。
正木:2022年11月にOpen AI社よりChatGPTが公開されたことを受けて、ADKではマーケティングインテリジェンスセンター(以下MIC)のメンバーを中心にLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)の技術検証を目的としたバーチャルチームを立ち上げ、活動をスタート。チームでは有料版のGPT plusを利用し、様々な業務シーンにおいてGPT-4も含めた活用方法と課題の抽出を行い、外部有識者との意見交換やコミュニティへの参加、文献調査などを積極的に進めてきました。
これらの取り組みの中でADKの見解としてLLMは、一過性の流行ではなく、社内でのLLM利活用が広がり業務へ定着していくことを前提として検討するべき技術として判断しました。
鬼丸:特にLLMは、従来の技術と異なり自然言語を用いて人間と対話するようにAIを利用できる点が秀逸であり、エンジニアリングスキルを有さずともプランナーや営業、クリエイティブ、バックオフィスのスタッフが各々業務プロセス中で自身のアイデアを高速に検証し、その効果を得られる可能性を確信しました。
そこで、ADK社員全員が安全かつ手軽に利用できる社内GPT環境の構築を決定し、MIC内のβ版リリース等の事前検証を行った上で、2023年6月にAzure OpenAIを活用したMicrosoft Teams環境で利用できるGPTチャットボット「トラポケ」として社内へリリースしました。
―「トラポケ」を構築するにあたって考慮した点、解決した点を教えてください。
正木:今回社内GPT環境構築において考慮した主なポイントとして下記の4つが挙げられます。
(1)社内情報やクライアント情報に基づいたプロンプトを利用可能なセキュアな環境
LLMを社員個々人の業務の中で制約なく利用するためには、社内情報やクライアント情報等を用いたプロンプト作成がポイントとなります。当該利用方法を想定した時にChatGPTを扱う場合は、プロンプトがモデルの学習に使われるといったセキュリティ面での課題がありました。そこで、安全に情報管理ができ、社内ポリシーに準拠可能なセキュアな環境の構築を目指しました。
(2)チャット以外のLLMソリューション開発も可能な基盤設計
ADK社員を対象に、まずはLLMでできることを体験してもらうという観点でChatGPTライクなチャットベースの開発に着手しました。他方でLLMの活用方法はチャットに限るべきではないとも検証内容から判断しています。
そこで、今後の拡張性や開発コストの最適化(スピーディーかつローコストでLLMアプリケーションを開発)することを前提とした基盤を最初に開発し、その基盤上で「トラポケ」のような個別のアプリケーションを利用できる設計としました。
また、この基盤では予め社内ポリシーやコンプライアンスに準拠したセキュリティやデータの取り扱いが可能となるように考慮しています。そのため、今後、新規にLLMアプリケーション開発する際にはこの基盤を利用することで、安全な開発が可能となっている点が特徴と言えます。
(3)プロンプトや利用状況のトラッキングとデータの蓄積
社内でLLM利活用を推進していくためには、個々人で発見した優れた利用方法を横展開すること(ベストプラクティス)や離脱者分析に基づいた施策設計(アンチパターンの特定)が重要だと考えています。そこでGPT環境の利用状況やプロンプトについてデータの蓄積を可能にし、かつトラッキングできる設計にも注力しました。
(4)既存社員の業務で利用しているツールとの親和性
ADKでは、社内コミュニケーションツールとしてMicrosoft Teamsを利用しています。そのため、ほぼ全ての社員の業務動線でTeamsが利用されており、加えてTeamsが既にチャットベースのUIであることから、GPTチャットボットである「トラポケ」のTeams上での運用を選択しました。
―社内GPT「トラポケ」とは、どのようなものでしょうか。
鬼丸:2023年6月のプレスリリースでもご紹介しましたが、ADKでは注力3領域【顧客データ&インサイト】【顧客接点マネジメント】【顧客体験デザイン】においてLLMの活用を実用レベルで扱えることを目指しており、「トラポケ」は全社共通での汎用的な環境として提供するツールの第1弾となります。「トラポケ」はMicrosoft Teams上で何でも※1相談できるGPTチャットボットとして全社員へ提供しています。
正木:「トラポケ」の名称についてですが、“ADKの本社がある虎ノ門からアイデアを生み出す不思議なポケット”“トラポケを起点にLLMを実装していくという意気込み”といった想いを込めて社内ツール名称「TORANOMON Pocket」、略して「トラポケ」と命名しました。
※1:活用領域という観点では「何でも」相談可能です。ただし、公序良俗に反する内容などは控える等のいくつかの注意点、社内利用ポリシーがあります。
―「トラポケ」は、①顧客データ&インサイト ②顧客接点マネジメント ③顧客体験デザインへの対応が強みと言えそうですね、それぞれどのようなことができるのかを教えていただけますか?
鬼丸:注力3領域における「トラポケ」の取り組みと、実現を目指すことについて解説します。
① 顧客データ&インサイト
当領域ではマスメディアに限らず、デジタル接点も含めてコミュニケーションを立体的に捉え、生活者インサイトと各種データソリューションおよびPDCAの視点をかけあわせたデータドリブンマーケティングをクライアントへ提供しています。
「トラポケ」やLLMソリューションが価値を発揮するシーンとしては、上記プランニング全域における①攻めのLLM活用(LLMによる新規ソリューション開発、データ活用の高度化)と②守りのLLM活用(既存業務の効率化、最適化)の2つをバランスよく織り交ぜた利活用を想定しており、各種業務プロセスでの活用が始まっています。
現在では、インサイトワークにおける仮説構築の支援やアイディエ―ションを中心に「トラポケ」の利用が進んでいることに加え、開発中の機能を利用することで、リサーチシーンにおけるLLM活用や社内に存在する各種データを参照し、業務における中間アウトプットの作成支援から、その先のクライアントへの新たな価値提供を目指しています。
② 顧客接点マネジメント
当領域ではデータを基点にターゲットを可視化し、彼らの生活文脈に沿った体験接点設計とクライアントの最適な投資計画と運用、それに関わる各種分析及び効果検証サービスを提供しています。
特に、オンオフ統合型のメディアプランニングや運用・効果検証においては、「トラポケ」や現在開発を進めているLLMソリューションの活用を目指しています。例えば、メディアプランニングにおいて、生活者インサイトの抽出や仮説構築を行う際に、大規模調査より取得した生活者の情報接点等のデータを、「トラポケ」やLLMを用いた自然言語で問い合わせできるようにすることを想定しています。
③ 顧客体験デザイン
当領域では、ブランドと顧客がリレーションを築くための体験を提供するためにクリエイティブの力を活用することで、これまでのコミュニケーションデザインから、より上位のビジネスデザイン、ブランドデザインに至るまでオンオフ統合でのフルファネル型クリエイティブソリューションを提供しています。
「トラポケ」をはじめとしたLLMにより生成されたアウトプットをクリエイティブのアウトプットとして直接利用することは現時点では行っていませんが、コピーライティングやクリエイティブ表現を検討するにあたってはアイデア出しを目的としたブレインストーミングに有効と考えています。また、クリエイティブ生成の観点では画像等の生成系AIにも注目しており、各社から提供されているツールやサービスについて検証を進めています。
―導入後の「トラポケ」の具体的な活用方法と、その効果について教えていただけますか。
鬼丸:「トラポケ」は現時点でクライアントへ納品するアウトプットを直接生成することは行っていないこともあり、注力3領域における業務効率化やアイディエーションを中心に各種アウトプットへの間接的な貢献が中心となります。バックオフィス部門での利用についても同様です。このような状況とあわせて「トラポケ」導入により、以下に示す3つの効果が得られています。
(1) 利用者:GPTやLLM等の周辺技術に関する社内リテラシーの向上
「トラポケ」が、“ADK社員を対象に、まずはLLMでできることを体験してもらう”という目的のもとで導入した背景もあり、社内セミナーや開発メンバーによる啓蒙活動を通じて、社員の当該領域への関心とリテラシーの向上を実感しています。それに伴いGPTやLLMの活用についても各部門の感度の高い社員から開発メンバーに対して課題の提示やアイデアが持ち込まれることも増えてきています。
(2) 開発者:「トラポケ」を起点としニーズ/シーズ両視点で検討を進める中での技術知見の獲得
「トラポケ」を開発するまでの技術的な検証に加え、外部のAI有識者との積極的な意見交換を継続することで、技術シーズ起点のトレンドや主要な周辺技術に関する多くの知見を獲得しています。加えて、「トラポケ」導入に伴い顕在化した社内利活用ニーズに技術的な情報収集と検証を進めていく中で、実践的な開発・実装に関する知見やそれらに対するADKとしての見解も整理が進んでいます。
(3) 組織全体:社内横断でAI戦略を考える体制のモデルケースへ
「トラポケ」をはじめとしたLLM活用をフラグシップとしつつもLLMに閉じず、ADKにおけるAIの自社活用/価値提供の両側面からAI戦略を考える仕組みとしてAI CoE(Center of Excellence)を発足するきっかけとなりました。
このCoE体制では社内外におけるAI活用戦略を考えるための情報共有としての役割以外にも、データや環境に応じたセキュリティとリーガルチェックを果たす仕組みとしての機能を持っています。また、部門を横断する体制で組織されており、開発の側面でも無駄のない投資と検討プロセスでスピード感をもって取り組んでいます。
―社内での活用をさらに促進するために必要なことは何でしょうか。
正木:まず、開発の視点では前述した「AI CoEを活かしスピード感を持って無駄のない開発を進めること」「トラポケに対して継続的な機能の追加開発を進めること」の2点が活用促進にとって最重要と考えています。
鬼丸:部門を横断して共有されたAI活用戦略に基づいた追加の機能開発においては、網羅的な機能開発ではなく、ADKらしさやADKの強みにつながっていく機能へ選択と集中を行うことがポイントとなります。
対して、サービス設計の視点では「トラポケ利用状況の分析を根拠としたデータドリブンな認知施策の継続的な実施」が必要と考えています。Open AI社が提供するChatGPTを利用する場合と異なり、「トラポケ」では自社にてプロンプトや利用状況に関するデータを蓄積し活用促進に利用していくことを前提とした設計となっていることに特徴があります。
そのためMAUや新規利用者数、離脱率等の主要な指標を始めとした分析が可能となっています。これまでに「A:新規流入者も多く、継続率も高い部門」「B:個人で継続利用している人が多い部門」といった傾向が利用データの分析から確認されており、例えば「A」は汎用的なシーンでの活用が進んでいる可能性が高いため、ヒアリングを経てプロンプト集として整備し他部門へ横展開する。一方で「B」は、特定の業務にフィットして利用されていると推察できるため利活用ユースケースとして情報収集しソリューション化を検討するアプローチが考えられます。
正木:自社における顕在化されたニーズと潜在的なニーズを利用状況のデータから吸い上げ、それらを利用者拡大の認知施策等へつなげて効率的に実施していくことをポイントとして考え、より業務に役立つことを最優先に推進しています。
また、Microsoft社と共同で生成系AIの本質的な利点や展望への理解を深耕し、さらなる成長とイノベーションを目的にアイデアソンを実施しています。アイデアソンでは、プランナーやクリエイターが集結し、生成系AIを活用した創造的なサービスや新しいコミュニケーション手法によるクライアントニーズへの対応を探求しています。
―「トラポケ」の活用によって、クライアント企業の課題解決へはどのような影響が期待できますか?
鬼丸:「トラポケ」を活用することで、前述の注力3領域を中心に「①プランニングの高度化(ADKとして強みを持っているカテゴリーを中心に対応力アップ、品質アップ(マルチデータ・データミックスプランニング)」および「②プランニングの効率化(分析プロセスショートカット、プランニングの効率化による更なるアイデア創出のための時間の捻出)」の両輪でADKのプランニングが進化していきます。
この進化に伴い、クライアント企業の課題解決に対しては「①トラポケ自体が生み出す付加価値による貢献」「②社員全員がAIネイティブとなり周辺領域も含むより強固な支援が可能となり提供価値が向上」「③AI活用の当事者としてのADKが獲得した知見をクライアント企業へ還元することでAI領域において共に成長していく」ことが期待できます。
―最後に、広告・マーケティング業界における生成AIへの取り組みが加速している中で、今後の「トラポケ」の展望についてお聞かせください。
正木:産業革命前後で人々の働き方が変わったように、特に既存業務領域に対してAI活用は大きな変化を与える要素であると認識しています。
そのため、中長期的には既存業務の一部についてAI活用により代替される可能性は否定できませんが、これは決してネガティブな要素ではなく、複雑化していく時代やクライアントのニーズと向き合う時間が増える機会を得たとポジティブに受け止め、トラポケ推進メンバーとして積極的にAI活用による変化と向き合っていきます。
また、ヒト×AIにより新しい価値を生み出すことで、付加価値の総量自体は増加していく未来が到来すると想定し、引き続き社内での理解と協力を得ながら「トラポケ」の進化と向上を目指して推進していきます。
鬼丸:業界標準の生成系AI活用方法についてはADKとしても提供可能な状態としつつ、加えて「大規模調査データやIPに関する知見、消費行動・メディア行動に関する各種データ等」の自社アセットを用いて“ADKらしさ”が表現されたソリューション開発を行うことが「トラポケ」を含む生成系AI活用において重要であると考えています。
今後は、さらに効率的なLLMソリューション開発を行える基盤として「トラポケ」の環境を構築したことを最大限に活かしつつ、チャットボットとしての機能拡張(Web上のデータを参照、PDFやPowerPointファイルの読み込み機能等)に加え、自社アセットをLLMにより有効活用し、実践的なプランニングシーンにおいて新たな付加価値を生む機能開発をAI CoEの枠組みを中心に取り組んでいきます。
その結果、「トラポケ」も他の社内ソリューションやサービス同様にADKのパーパス“すべての人に「歓びの体験」を。” に対する貢献を目指していきます。
正木洋介(写真左)
マーケティングインテリジェンスセンター データソリューションユニット第4グループ グループ長
ITリソースの管理と勤怠システムの開発等に従事。2011年にADKに開発業務にて転職。
ソーシャルリスニングツールの開発に携わり、近年はテレビDMP開発において、開発チームのリーダーを担当。
TreasuredataやDatabricks、Snowflake等を利用しデータの基盤を構築。各ツールのイベントにも登壇。
直近はLLMを含むAI技術に関わり始め、現在は社内GPTチャットボット「トラポケ」開発プロジェクトに参画。好奇心と誠実なコミュニケーションを重視し、行動する。AIとデータを使った業務効率化と高度化に取り組む一方、それをクライアントにも提供。SNOWDAY JAPAN登壇等
鬼丸翔平(写真右)
マーケティングインテリジェンスセンター データソリューションユニット第2グループ シニア・プランナー
新卒で鉄鋼メーカー入社後、社費留学による大学派遣などを経て生産技術開発部門にて数値流体解析や機械学習を活用したデータ分析業務や研究開発に従事。その後、リサーチ会社、NTTデータにおいてソリューション開発やコンサルティング経験を経て、2023年ADKマーケティング・ソリューションズへ入社。
データ&アナリティクス領域における分析支援やAI/MLを利用したソリューション開発経験をベースにクライアントへのデータ分析・AIコンサルティング支援を行う。また、社内ソリューション開発におけるサービス設計・要件定義、ユースケース策定等を担当し、直近は社内GPTチャットボット「トラポケ」リリースを推進。The International Symposium on Preparative Chemistry of Advanced Materials:Poster Award等
【本件に関するお問い合わせ】
株式会社ADKマーケティング・ソリューションズ
マーケティングインテリジェンスセンター データソリューションユニット 正木 / 鬼丸
株式会社ADKホールディングス
経営企画本部
PR・マーケティンググループ 齋藤/内山 e-mail:mspr@adk.jp
コミュニケーショングループ 平尾 e-mail:adkpr@adk.jp