コラム
『広告を見ないことに課金する時代の広告のあり方』
前編:サブスクリプションサービスの台頭と広告に対する意識
2025.03.24
広告を見ないために費用を支払う時代へ
今、広告に対する生活者の捉え方が大きく変わりつつあります。今まで広告は新しいサービス、商品との出会いの場であり、優良なコンテンツを無料で見るために必要なもので、広告主とメディア、生活者の間で成立していたコンセンサスでした。
ところが今、生活者が「お金を払うから広告を見たくない」と考え、行動に移し始めているのです。この潮流に対しどのように立ち向かっていくべきなのか、実態を紐解きながら新たな広告のあり方について前後篇2回にわたって考察していきたいと思います。
まず、無料で視聴できるコンテンツの代表格と言えばテレビですが、日本でのテレビ放送は1950年代より開始、ラジオに関しては更に古く1920年代より開始。広告収益をベースに無料でコンテンツを提供する形態は歴史のあるビジネスモデルと言えます。
日本のテレビの黄金期は1970~80年代ですが、アニメを見ながら育った身としては、いまだに当時のTVCMはよい印象で記憶に残っています。当時は番組の合間にTVCMが入るのは当たり前のことでしたし、番組を無料で見られるのはTVCMがあるお陰だ、と子供ながらに理解していました。無料なのだから代わりにTVCMを見なければならないと感じたことももちろんなく、ただ、TVは私たちの最も身近で最高の娯楽を提供してくれるデバイスであり、TVCMはそこに常にあるコンテンツでした。
しかしその後、視聴環境は大きく変化し録画番組のTVCMスキップ機能の搭載やVODの開始、またインターネットの登場と、TVメディア、およびTVCMの立場を苦しくさせることが起こります。またその後、デバイス別の接触時間でトップに躍り出たインターネットにおいては、デジタル技術の進化によりアドブロッカーや広告を除外できるサブスクリプションサービスが登場。インターネット上においても、広告を排除する機能が充実してきました。
サブスクリプションサービスの利用実態
では、実際に課金している人はどのくらいいるのでしょうか。利用者数の観点からも代表格であるYouTubeでみると、月間アクティブユーザー数は、グローバルでは2021年に約22億人、2年後の2023年には約26億人(Statista調べ)と、未だ2年間で1.2倍弱の成長を見せています。一方、有料サービスであるYouTube Premiumは、GoogleによるとYouTube Musicとの合算での公表となりますが、Googleは値上げにも関わらず、2021年時点で約5,000万人のところ、2024年1月時点では約1億人と2年強で2倍にまで拡大しており、YouTube全体の成長を大きく上回る形となっています。
YouTube Premiumは、広告なしで動画が視聴できる、オフライン再生やバックグラウンド再生ができるという利点がありますが、弊社のオリジナル調査であるADK生活者総合調査*1によると実に88.6%の方が「YouTube広告がスキップできるときは、すぐにスキップする」と回答しており、加入の主目的は広告のスキップと考えてよさそうです。
出典:ADKマーケティング・ソリューションズ「生活者総合調査」、15~69歳男女、関東エリア集計
※1 ADK生活者総合調査
2008年度よりADKが毎年関東・関西エリア在住の男女10,000名以上を対象に行っている、独自の大規模生活者調査。意識/価値観・消費行動・メディア接触などの多岐にわたる項目を、同一のサンプルに聴取したシングルソースデータとなっており、生活者の意識・行動からメディア接触まで一貫した分析が可能です。また、ADK MSでは東京大学、早稲田大学、武蔵大学と「データサイエンス領域」で連携し、教育・研究用に過去の生活者総合調査データを無償で提供しています。
広告に対する意識の実態
一般社団法人 日本インタラクティブ広告協会(以下「JIAA」)の調査によると、「メディア別 情報の信頼度合い」において、新聞、テレビ、ラジオ、雑誌、インターネットの順に信頼度が高く、過去3年間の推移で最もインターネットの信頼度が低下しました。また「広告の信頼度合い」についても、メディアの信頼度がそのまま広告の信頼度に反映されており、順番は同じく新聞、テレビ、ラジオ、雑誌、インターネットとなりました。特にインターネット広告の信頼度は2022年時点で22.3%と、トップの新聞広告の45.3%の半分にも満たない程度となっており、他のメディアより大きく信頼度が低いことが分かります。
出典:JIAA 「2022年インターネット広告に関するユーザー意識調査(定量)調査結果」
「インターネット広告のイメージ」については、しつこい/不快(35.8%)、邪魔な/煩わしい/うっとうしい(34.0%)、いかがわしい/怪しい(23.2%)、誤解を招く/虚偽感のある(19.6%)とマイナスのイメージとなっており、特にいかがわしい/怪しい は1年間で+4.9pt、誤解を招く/虚偽感のある は+3.7ptと高い増加率を示しており、インターネットビジネス、インターネット広告は参入障壁が低く、あらゆるプレイヤーが自由に参画してきたことが大きな要因と考えられます。また、近年社会問題化したインターネットを舞台とした投資詐欺広告、ロマンス詐欺広告なども、大きく信頼を落とす原因と言え、このような調査結果を踏まえると、特にインターネット広告に対する信頼度やストレスが要因となり、アドブロッカーやサブスクリプションサービスの利用に繋がっている部分があると言えそうです。
サービス提供者側の実態
次に、サービス提供者側から見た課金サービスについても触れておくと“YouTube Premium”(前身のMusic Keyの時代を含める)は、2014年から課金が開始され、2023年の決算においてはサブスクリプションサービスで年間約150億ドルの売上となっており、2019年時の5倍ほどに拡大していると説明され、YouTubeの貢献が大きかったことを強調していました。
YouTubeのように広告モデルからスタートし、課金モデルを追加したパターンもあれば、課金モデルからスタートし、広告モデルを追加したパターンもあります。代表的な例ではNetflixがありますが、Netflixは2022年11月より従来の有料プランに加え「広告付き」の廉価プランをスタート、順調に会員数を伸ばしています。Netflix以外でも、「広告付き(で無料、もしくは廉価版)」と「広告なし」を選べるウェブサービスは多く、SpotifyやXでも導入済み、Amazon Prime Videoも計画中との報道があります。
ここで重要なのは、この「広告付き」と「広告なし」の二段構え、いわゆるフリーミアム※2がユーザーの裾野を広げる上でも、安定的な収益確保の面でもサービス提供者としてメリットのあるモデルであるということです。広告に携わる者としては広告のリーチが気になるところではありますが、サービス提供者のビジネスの視点では、この方が経済合理性が高いということになります。
※2フリーミアム
基本的なサービスや製品は無料で提供し、さらに高度な機能や特別な機能については利用料を課金する仕組みのビジネスモデル
藤森 祐貴
ADKマーケティング・ソリューションズ メディアビジネス本部
プラットフォーム戦略局 パートナービジネスグループ
国内外のデジタルプラットフォームとのビジネススキーム構築、パートナーシップの推進チームをリード、また社内のアドベリチームを立ち上げ、JICDAQの認証取得やデジタル広告品質向上に向けた取り組みを推進。JIAA啓発共有委員会 市場動向調査プロジェクト、JIAA技術部会所属。