コラム

『広告を見ないことに課金する時代の広告のあり方』  後編:生活者との価値の共創に向けて


広告体験向上の取り組み
フリーミアムのしくみは、生活者も、サービス提供者側にもメリットがあることから広告は挟み撃ちの状態であると言えます。そこで広告体験の向上を目的として取り組んでいる事例を紹介したいと思います。
広告業界団体等が参画しているCoalition for better adsでは、生活者にとって不快な広告形式を特定し、インターネット広告の質を向上させることを目的に、2017年に「The Better Ads Standards」を発表しました。ポップアップ広告や音声付きの自動再生広告など、広告体験上好ましくない非推奨のアドフォーマットを具体的に提示してきました。
例えば、音声付きの自動再生バナー広告に触れた際、再生した覚えもないのに音声が流れることがありました。音声オフに比べオンの方が広告効果は高い、という調査結果自体はこの業界では有名な話ですが、ユーザーが意図せず強制的に音声を聞かせることが不快感を与え逆効果だとプランナーとして疑問に感じていたため、このようなガイドラインの提示は大変有難かったことを覚えています。選択肢が多く生活者に主導権がある現代において、広告効果を表面だけで捉えず、生活者に寄り添ったコミュニケーションが重要なのではと考えます。
なお、日本においても広告品質の取り組みは様々あり、2021年にはデジタル広告の掲載に関し、安心・安全な広告出稿の実現を目的として一般社団法人 デジタル広告品質認証機構(JICDAQ)が設立され、同年より業務を適切に行っている広告関連事業者の認証・公開を開始しています。


これからの広告のあり方
ここまで、広告を見ないことに課金する生活者を起点に、広告の変遷と、成長の牽引役であるインターネット広告における課題について触れてきました。このように考えていくと悲観的な未来を想像してしまいますが、果たしてそうでしょうか。私は、この変遷の中で失ったもの以上に、大きなものを得ていると思います。そして、これから先の広告、及び広告業界の形はきっと大きく変わっていくと思いますが、その変化を楽しみにしています。
広告とはマーケティングの一環ですので、まずマーケティングの定義から確認をしたいと思いますが、日本マーケティング協会ではマーケティングの定義を以下と定めています。

「(マーケティングとは)顧客や社会と共に価値を創造し、その価値を広く浸透させることによって、ステークホルダーとの関係性を醸成し、より豊かで持続可能な社会を実現するための構想でありプロセスである。」(日本マーケティング協会 2024年)
注1)主体は企業のみならず、個人や非営利組織等がなり得る。
注2)関係性の醸成には、新たな価値創造のプロセスも含まれている。
注3)構想にはイニシアティブがイメージされており、戦略・仕組み・活動を含んでいる。

定義が「価値の創造」から始まる通り、「顧客や社会と共に価値を創造」することが活動の源泉であると言えます。私はこの「価値の創造」に対するアプローチの多様化こそ、現在の広告業界が手に入れた最も大きな収穫だと考えています。これはプランニング、クリエイティブ、データ分析・活用の側面で捉えることができます。

プランニングの深化
〇視聴態度の理解
これまでのTVCMは、TVデバイスで番組の前後や合間に流れる形式が前提でしたが、インターネット広告では閲覧するサービスによって環境が大きく異なります。TVではザッピングを通じて好みの番組を探す一方、YouTubeは「見たいものがあって見る」ユーティリティメディアとしての役割があります。さらに、空き時間に無意識にXやTikTokを見ることもあります。行動経済学で言うところの、システム1で動いている状態です。どちらが良いという訳でなく、それぞれの状況に応じて、広告への見方も変わるでしょう。XとInstagram、TikTokユーザーとYouTubeショートの利用者はそれぞれ異なる特性を持ち、プラットフォーム内でも好む商品や広告表現が異なります。プラットフォームはユーザーのインサイトを把握するためのツールを提供しており、TikTok for Businessの「オーディエンスインサイト」や「クリエイティブインスピレーション」などがその一例です。これにより、ユーザー心理を理解する手段として活用できると思います。

〇視聴環境の理解
また、閲覧しているサービスによって視聴環境も大きく異なります。YouTubeを見ている場合は音声ONで視聴している方が多数、外出時ならイヤフォンをつけて視聴していると想定されます。一方、Instagramであればアプリを開く前から、そのためだけにイヤフォンをつけて備えることは考えづらく、音声がなくても伝わるコミュニケーションを設計する必要が出てきます。また、YouTubeと、YouTubeショートは、環境が違うかもしれません。TikTokやInstagramのReelsと同じ感覚で利用するため、YouTubeショートにおいては音声ではなくテロップをつけることの方が重要です。
そのようにシチュエーションに応じて、広告の内容を許容できる場合、好感を持つ場合、すぐにでもスキップしたいと思う場合は異なってきます。広告を個人の興味に基づいて狙っていくのは効果的だと思いますが、視聴している時のコンテンツやシチュエーションも重要な要素となり得ます。

つまり、深化と表現しましたが、複雑化したとも言えます。生活者とのコミュニケーションのスイートスポットが分散化されているため、それを探求するために生活者の日常を想像し、生活者の気持ちに寄り添いながら設計していくということが今まで以上に求められますし、プランニング次第で大きな価値を創造できると考えます。

表現の自由度の拡張(クリエイティブ)
インターネット広告の初期段階はテキストやバナー広告が主流で、表現の幅は限られていました。しかし、通信環境やデバイス性能の向上により、動画広告が急成長しています。YouTubeでは、長尺動画や6秒以内での表現など、フォーマットに応じた多様な広告が可能です。指定した順序での動画広告配信や、TikTokやInstagram、YouTubeショートの縦型フォーマットでの複数本の動画入稿も可能で、SNS特性を活かした双方向のコミュニケーションやユーザー起点での拡散も可能です。
ターゲティングに応じた表現の変化も重要です。非常にコアなファン向けの広告を制作すれば、リーチは狭いかもしれませんが、強いエンゲージメントを図れ、横への広がりも期待できます。また、人気のクリエイターやYouTuber、TikTokerの起用は、特に今の推し活ブームにおいて重要性が増しています。圧倒的な有名人でなくても、特定領域の第一人者はコアなファンを抱えていることがあります。
ADK生活者総合調査によると、「友人・知人の話」や「家族の話」は信頼できるとされる一方、最近では「SNS上の投稿」や「インターネット動画」の信頼度が上昇しています。特にフォローしている人の情報は信頼度が高まります。Xでは著名人のアカウントからの広告配信が行われており、Metaもブランドコンテンツ広告を改名し、海外で活発に利用されています。
表現の自由度が広がる中で、生活者に好まれる視点を忘れてはいけません。YouTubeではユーザーにスキップの選択権があり、「見てもらうためにどうすればよいか」を考えるアプローチが求められます。これはTikTokやInstagramなど他のプラットフォームでも同様に、強制視聴は採用されず、ユーザーに選択権が委ねられています。

出典:ADKマーケティング・ソリューションズ「生活者総合調査」、15~69歳男女、関東エリア集計

データ分析・活用の深化
 インターネット広告の特長は、配信中や配信後に様々な定量的なデータが得られることです。imps、Clicks、CVs、Viewsやブランドリフト調査による認知度や購入意向など、マーケティングKPIの達成状況を迅速に把握でき、計画の見直しも可能です。過去には「広告費の半分が金の無駄遣いに終わっている事はわかっている。わからないのはどっちの半分が無駄なのかだ」と発言したジョン・ワナメーカー氏※²の言葉を考えると、現在は多くの分析データが提供されるようになりました。
広告の配信結果に加え、オウンドメディアやアーンドメディアの分析、広告との相関分析、データクリーンルームを利用した分析も可能です。1st Party Dataの活用はビジネス成果に貢献するために欠かせず、どのデータをどのように分析・活用するかが重要です。生活者が気づいていないインサイトを発見し、大きな反響を得るチャンスもあります。
現在は、マーケティング活動の源泉である「価値の創造」を実現するための手段が充実しており、これらを効果的に活用することが成功の鍵です。プランニング、クリエイティブ、データ分析は相互関係にあり、広告主と広告会社の間での連携や部門統合が進むでしょう。
昨年のIABの調査によると、約8割の人がデジタルコンテンツに費用を払う場合、より多くの広告を受け入れることを選んでいます。また、パーソナライズされた広告が好まれ、ターゲティングにユーザーデータを使用されることへの懸念が少ないことも発表しています。幸いなことに広告は生活者に嫌われているわけではなく、今も社会や生活者に価値を提供し続けているのです。


出典:IAB「The Free and Open Ad-Supported Internet」

※2ジョンワナメーカー(John Wanamaker、1838- 1922)
アメリカ合衆国ペンシルバニア州フィラデルフィア出身の百貨店経営者、宗教指導者、政治家

この10年で広告環境は大きく変化し、生活者の行動や価値観は複雑化しました。広告を見ないことに課金する人が増え、インターネット広告の信頼度も低下しています。個人情報保護やデータ活用に関する議論は続くでしょう。テクノロジーの進化に伴い、広告ビジネスには「価値の創造」を追求するための新たな手段が提供されています。業界団体は信頼獲得に向けた取り組みを強化しており、AIの発展と法規制のバランスも重要なテーマです。弊社では事業ビジョンに「ファングロースパートナー」を掲げていますが、常に生活者の心理に寄り添い、自らが生活者と同じ視点を持ってファンを生み出し、ファンと共に新しい価値を生み出すことでクライアントのビジネス成長に貢献したいと考えています。変化を楽しみながら、生活者との価値共創に努めていきたいと思います。

藤森 祐貴
ADKマーケティング・ソリューションズ メディアビジネス本部
プラットフォーム戦略局 パートナービジネスグループ グループ長 

国内外のデジタルプラットフォームとのビジネススキーム構築、パートナーシップの推進チームをリード、また社内のアドベリチームを立ち上げ、JICDAQの認証取得やデジタル広告品質向上に向けた取り組みを推進。JIAA啓発共有委員会 市場動向調査プロジェクト、JIAA技術部会所属。

ADK Marketing Solutions Inc.